ありがとう。そして、さよなら。

「雨、大丈夫だった？」

そんなメッセージと共に懐かしい名前がスマホの画面に表示される。たくさんの幸せな気持ちと、たくさんの後悔と、たくさんの気付きを与えてくれた人。

彼からの連絡は数ヶ月前、謝罪のメッセージを送って以来。

きちんと終わらせた関係ではなかった。
初めは後悔と哀しみでいっぱいだった日々も、時間の経過とともに既読のつかないメッセージが答えなのだと、そう思うようにした。

いま思えば、もしかしたら届いていなかったのかもしれない、本当に既読無視だったのかもしれない。けれど、確かなのは、あの日から今日まで彼の名前が私のスマホに表示されることはなかったということ。

そういうところが私たちのダメなところだったのかもしれない。

きっかけは、本当に些細なことだった。
けれど、それはそれまで一緒に過ごしてきた中で、お互いに見ないふりをしてきた"小さな違和感"が少しずつ、少しずつ、大きくなって、そしてとうとうあの日、爆発してしまったのだと今は思う。

ようやく表示された名前。

それでも、数ヶ月前まであんなに待ち望んでいたはずのその名前に、私の心が高鳴ることはなかった。そこにあったのは、少しの動揺と「今さら何なんだ」という憤り。そして、つけてしまった既読に憂うつになった。

あの頃の私はもういないのだと、どこか冷静な自分がいた。

なんと返すのが正解なのか、はたまた返さないほうがいいのか。
そんなことを考えるのが嫌になって、画面を閉じてみたが、意を決してもう１度あの画面を開いた。

『大丈夫です。お気遣いありがとう』

『そっか、よかった』

幸せな時間をくれたこと、胸をえぐられるような痛みと共に大切なことに気付かせてくれたことには本当に感謝している。一緒に過ごした時間を消してしまいたいとは思っていない。

けど、やっぱりもうあの頃の私はいない。
すぐに返ってきたその返事を見て、そう確信した。

「ありがとう。そして、さよなら」

そう呟いて、私は彼からのメッセージを削除した。
少しずつ気温が上がってきている。また今日も、暑い日になりそうだ。